夢のような現実に溺れる

嵐担(ついにジャニーズwestに堕ちました)による好きなことを思いのままに

二宮くん33歳の誕生日

 
 
 
 
1983年6月17日 二宮和也くんがこの世に生まれて産声をあげた日。
お誕生日おめでとう。二宮くんが33歳だなんてびっくりだね。
 
 
「小さい時から、人が苦手な子供だったね。集団行動とか嫌いだから、保育園なんて大キライ。家で一人でいるほうが好きだったの。なんでだろうね?気がついたらもうそんな感じだった。でも保育園に行ったら先生を困らせたりは絶対しなかった。ことを起こして注目されちゃうのが嫌だったの。おとなしくしてれば構われることもないからね。できる限り、一人にしておいてほしかった。」(アラシゴトより)
幼い頃から一人の時間がすきだったとはびっくりした反面、かわらなくてよかったなぁなんて安心したよ。ちょっと冷めてるように思われがちな二宮くんだけど、そこも含めてまるっと二宮くんがすきだなぁって何度も思った。
 
「そんなだもん。小学校に入っていじめられたのは、ある意味仕方がなかったのかもしれないよね。いろいろ嫌なこともされたし、助けてくれる友達もいなかった。でも不思議なことに、そんな状況もそれほどつらくはなかったんだよね。オレってなんか冷めてるところがあってさ。そこで抵抗するのもめんどうくさい、みたいな。抵抗すればよけい面白がってやられるだろうなっていうのもわかってたし。だったら勝手にやらせとけって思ってた。」 涙が止まらなかった。二宮くんの心がどこかにいってしまったように感じたの。でもね、そのうちそんなにひどいことはされなくなったって話してて少し安心したよ。「一人でポツンとしてるほうが目立っていじめられたり、先生になんか言われたりかえってめんどうくさいなって思ったから普通に群れてたほうが目立たないだろうなって。」 あぁ、にのみやくんだなぁ。二宮くんの言葉がすきだ。めんどうくさいことを嫌うし、目立つことを避けて、人が苦手っていうあなただけど、嵐でい続けてくれてほんとうにありがとう。
 
「芝居がすきになった分、ジャニーズJr.として出るバラエティーには興味が持てなかった。俺がいなくてもいいじゃん。って思ってた。」びっくりしたなぁ、これが二宮くんの当時の本音だったんだなぁ。二宮くんがジャニーズにいてくれることに改めて感謝しなきゃ。今ある現実は当たり前なんかじゃなかったんだ。
 
 
「あの時の俺の気持ちは誰にもわからないと思う。自分の意思とはまるで逆の方向に立っちゃってて、もう後戻りできないって悟った時の気持ち。」
ハワイでデビューすると知った時の二宮くんの気持ち。責任感がつよいにのみやくんだから、周りに迷惑をかけたくなくてやめなかったんだね。 やめずにいてくれてありがとう。
「嵐になって初めて出演した歌番組でバックにJr.のみんながついてくれているのを見たときも胸にくるものがあったね。もうカッコ悪いことはできないなっと思った。」
二宮くんの嵐として活動していく、芸能界で生きていく覚悟みたいなものが生まれた瞬間。
 
「この人たち以外じゃなかったらここまでやってこられなかったと思います。」
BWコンで二宮くんが挨拶で話していた。その言葉でとっても安心したよ。二宮くんが4人と出会ってくれてよかった。4人が二宮くんと出会ってくれてよかった。子供の時は集団行動が嫌いでひとが苦手だった二宮くんが、4人に出会ったことで嵐という集団で共に活動し、人のことを好きになってくれたんだなぁなんて思うとグッとくる。人を変えることができるのは人なんだなぁって実感した。口が悪いなんて子供の時から言われてた二宮くんだけど、そこが、今のバラエティーやトークでいきてるし、そこが面白いんだとおもいます。二宮君が鋭いツッコミをしてくれることで番組が盛り上がって、嵐を好きになるひとがどんどん多くなっているんだろうなぁ。大きなグループになってくれて嬉しいな。だからその部分も含めてまるっと全部二宮君が大好きだよ。
 
大野さんのおしりを触ったり、見なくても乳首をつまめる二宮君。Jr.のときからずっと一緒で、相葉君のことが大好きで、コンサートのソロも心配で陰で見守る二宮君。何も言わなくてもアイコンタクトだけで翔さんと会話ができて、頑張り屋さんの翔さんに泣いていいんだよって話す二宮君。潤くんが大好きで、車の免許は潤くんの地元で一緒に取りたいなんて話す二宮くん。
 
あなたの作る曲が好き。あなたの言葉が好き。二宮くんの全部が大好き。あなたが嵐でいてくれることに今日も感謝して。
33歳の誕生日おめでとう。
どうかたくさんの幸せが二宮くんに訪れますように。